イヤホンで音楽を聴いてどう思いますか?

こんにちは。ぷにんたです。相変わらずニートです….
 
最近感性が薄れているなぁと感じています。
 
それは鬱病だからという訳ではなく、大人になり、過ぎる時間を淡々と過ごしているからです。仕事をしていると特に1週間なんてあっという間ですよね。
 

当たり前とは

 
こんな教育されたことあるでしょうか?
 

「ご飯は3食食べないと体に悪い。」

「お風呂は毎日入らないといけない。」

「食後は歯磨きしないと虫歯になる。」

小さい時からそう教えられて、時に叱られて、そしたらいつの間にかできるようになっていたと思います。
 
これって人間できて当たり前なのか?

 

FullSizeRender

 

例えば水や食料が手に入れにくい開発途上国の人に、毎日1日3食食べてその後はしっかり歯磨きして夜はお風呂入らないとダメなんだと言えますか…..?
 
言えたとしても実行するのが難しいんですよね。
 
環境によっては当たり前にできないんです。

 

自分の環境が当たり前だと思っていたら大間違いなんだって最近は改めて思い直すようにしています。自分達がいかに恵まれているか感謝しなければなりません。日本という国は一応恵まれた環境にある国なんですよね….。不満はあるけれども!

 

FullSizeRender

 

今はどんな水でも飲めるライフストローというものがあるみたいです。FullSizeRender
ちょっと安心しました。
 

イヤホンを耳に当ててみると

そうそう。かなり昔に観たテレビ番組のほんの一部、とても印象的な場面がありました。
 
ある民族にイヤホンを渡して、民族の村長が音楽を聴いた途端飛び跳ねてびっくりしていました。
 
頭の中で音がなった!!!と。

 

私は小学生の頃、いやもっと前からか、イヤホンを当たり前のように使用し、それで音楽を聴いていました。頭の真の中で音楽がなっている感覚はするけれども当たり前過ぎて驚かないし、すごい現象が起きたと思うわけでもありません。

簡単に例えるなら、昔「りんごが落ちるのは重力があるからだ!!」と発見したニュートンが、もしこの時代にきたらビックリすることでしょう。ニュートンが生きていた時代(17世紀前半)にはないものだらけで、現在当たり前に走ってる車だってニュートンの死後に発明されています。
 
デカイ物体がめちゃくちゃな速度で動いている!なんて驚くとこ想像するとおもしろい。
 
もし自分が車を見たことがなければ、初めて見た時地球の侵略者か(震え声)なんて恐怖を抱きます。
 
しかしこの時代に生きている自分たちにとって新しい物に出会うということは、企業や研究者の仕事だから当たり前だと感じているからこそ。
 
携帯の画面をスライドできるようになったのも、初めて触る時は感動するものの1年もすればそれが当たり前の物になるし、もし空を飛ぶ車ができたとしても数年すればそれが当たり前で自動車は時代遅れのものに感じるんでしょうね。
 

感性を鍛えること

 
新しい発見した時に感動を覚えるだけでなくて、今使っているもの、取り巻く環境にもっと視点を置いてみて下さい。
 
「そういえばこれ、なんでこうなってんの!?」なんてふと疑問を抱いたり、「あれ?最近妻の料理、より美味しくなったな…」なんて感動してみるだけで生活の色ってより豊かになると思います。そして奥さん喜びます。
 
最近は感性を忘れて浪のない海のような感情で生きていました。
 
この上記の考えをもって1日行動した途端劇的に考えることが増えました。感じることが多くなったし、物や食べ物を大切にするようになりました。
 
〝昨日より成長している今日の自分〟
 
を大切にしたいものです。
 
それでは!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です